映画がある限り、映画音楽もあります。シンクロナイズド・サウンドトラックが登場する以前の無声映画の時代でさえ、映画館では生演奏のミュージシャンが映画鑑賞に楽器のスコアを添えていました。以来100年間、音楽は映画の主役として、設定やストーリー、俳優たちや観客に適切な感情を送り続けて来たのです。そこで、ピクサー・アニメーション・スタジオ(Pixar Animation Studios)は「2024年の何もかもを感じる映画(the feel everything movie of 2024)『インサイド・ヘッド2(Inside Out 2)』のために適切な音色を設定しようと考えた時に、ウォルト・ディズニー・ミュージックのプレジデントであるトム・マクドゥーガルという信頼できる友人を頼りました。
何十年にもわたり、ディズニー・スタジオ・ファミリーの映画でソングライターや作曲家たちとコラボレートしてきたトムは、『ターザン(Tarzan)』から『トイ・ストーリー(Toy Story)』、『ムーラン(Mulan)』から『モアナと伝説の海(Moana)』、 『アナと雪の女王(Frozen)』から『ファインディング・ニモ(Finding Nemo)』まで、さまざまなヒット・アニメーションを含む、私たちのお気に入りの映画のストーリーを形作る手助けをしてきました。
最近のウォルト・ディズニー・ワールドでの休暇中、トムは EPCOT のディズニー・バケーション・クラブのメンバーラウンジで、ディズニ ー・ファイル・マガジンの編集者ライアン・マーチと面談し、『インサイド・ヘッド2』の音楽から創作過程で感じる最大の喜び、そして不安まで、あらゆることに触れました。
ライアン(Ryan):私が初めて音楽に感動したのは70年代の子どもの頃で、『スターウォーズ(Star Wars)』を観て、ジョン・ウィリアムズ(John Williams)の楽曲があのオープニング・クロールに与えるパワーを感じた時です。あなたはいつ、映画における音楽の力に最初に衝撃を受けましたか?
トム(Tom):同じ作曲家ですが、違う映画です。私はマサチューセッツ出身で、マサチューセッツの沿岸のマーサズ・ヴィンヤード(Martha’s Vineyard)で撮影された『ジョーズ(Jaws)』を観に行った時です。近海のサメを題材にした恐怖映画を見るには、私はまだ幼すぎたのかも知れませんが、その体験に、私は震え上がりました。この映画で、ジョン・ウイリアムズのスコアを聞いて、音楽の物語る力に開眼したのです。映画における音楽のストーリーテリングと言えば、多くの人は歌詞のある歌を思い浮かべるかもしれませんが、オーケストラ・スコアにも同じようにストーリーテリングがあります。私がそのことを本当に理解したのは、ジョーズからです。
ライアン:あなたのキャリアは、もちろん、叙情的な歌のある映画と、ない映画の両方に携わっていますよね。スト ーリーのフォーマットによって、映画でのあなたの仕事はどのように変わりますか?
トム:それはとても同じです。本当に。観客をある世界に引き込むために、映画製作者たちが使う「ごまかし」と私が呼びたいものはたくさんあります。その多くは視覚的なものです。イエローキャブとホットドック屋台を、バーバンク(Burbank)のバックロットにある街路に加えれば、観客をニューヨークに連れて行くことができます。でも私のお気に入りの「ごまかし(cheat)」は、音楽的な強調です。今、私たちの会話は、まったく音楽でスコアになっていません。
ライアン:そうあるべきですけどね。
トム(笑いながら):そのとおり。そして、映画の中なら、そうなるかもしれない。なぜなら、音楽は観客に情報を与えるからです。想像してみてください。もし、私たちの会話が、実際に音楽に合わせたものだったとしたら。その音楽は、私がこれから何かを言おうとして、あなたからの反応を得ようと示唆するものかもしれない。音楽は、あなたを正しい方向に導き、ストーリーテラーの意図に気づかせてくれます。それが、映画における音楽の仕事です。歌詞があろうとなかろうと。
ライアン:お聞きしていると、何年か前に私たちのメンバ ー向けにショーを開催したニューヨークの映画博物館で、私が大好きだった展示を思い出します。あるボタンを押すだけで、象徴的な映画のシーンの雰囲気を、異なる楽譜を選ぶだけでガラリと変えることができるというものでした。あなたのキャリアの中で、インストゥルメンタル・スコアのクリエイティブな選択が、物語の受け取られ方に影響を与えた例として、特に印象に残っているものは何ですか?
トム:すぐに思いつくのは『カールおじさんの空飛ぶ家(Up)』の「結婚生活(Married Life)」のシークエンスです。わずか数分の間に、2人の小さな子どもが出会い、遊び、成長し、結婚するのを見守り、妻が子どもを産めないことを知り、そして妻が死に、夫が悲しみに暮れ、孤独になるというアニメ映画のシークエンスのアイディアをスタジオの責任者に売り込むことを想像してみてください。そういう映画を作る人は多くはないし、適切な音楽がなければ、うまくいくとは思えません。このシークエンスでの美しいスコアは、まだ70分も残っているにもかかわらず、観客を感情的に邪魔することなく、その旅へと連れて行ってくれます。それが、私にとって、音楽の力を如実に示していると思います。
ライアン:ピクサー映画における感情の旅と言えば、『インサイド・ヘッド(Inside Out)』と今回の『インサイド・ヘ ッド2』は、どちらも文字通り感情についての映画ですね。続編では、音楽的なアプローチはどのように変わるものなのですか?オリジナルの音楽的なアイデンティティにふさわしく、なおかつ新鮮に感じられる新しいスコアを作るというのは、ユニークな挑戦だとします。
トム:まったく、あなたの言う通りです。私たちがやりたくないのは、単に同じことを繰り返す、ということです。ピクサーの続編へのアプローチで私が気に入っていることのひとつは、ストーリーをどこに持っていくかという新たなアイディアがあるときだけ、続編を検討するということです。それは、単なる新しい冒険ではありません。キャラクタ ーたちの、魅力的な進化なのです。『インサイド・ヘッド』は私にとって、続編を作る絶好の機会で、それは私たちの感情が進化するからです。それは、スコアについても同じことです。オリジナルの音楽を単純に繰り返すということはあり得ません。成長したライリー(Riley)と彼女の新しい感情に合わせて、進化しなければなりません。
ライアン:この映画で私たちが出会う新しい感情のひとつが「不安(Anxiety)」です。創造的なプロセスについて考える時、あなたが最も不安になるのはどの部分ですか?
トム:スケジュールです。音楽は、制作プロセスの後半に来る傾向があるので、私とチームが動き出すと、映画の公開日が本当に早く近づいているように感じます。そして非常に多くのステップがあり、作曲家と一緒に映画を観て音楽的アプローチについて話し合うことから、作曲、レコーディング、編集、サウンドトラックのミキシングとマスタリングに至るまで、それは一連のドミノ倒しのようで、私たちの都合に合わせて動いてはくれない公開日。この道中には多くの喜びもある一方で、かなりの不安もあります。
ライアン:では、その喜びについて話しましょう。創造的なプロセスで、最も楽しいことは何ですか?
トム:私にとって最もユニークな喜びは、ディズニーのために創作することを夢見てきたアーティストたちを仲間に引き入れることです。いつも思い出すのが、マサチューセッツにいた子どもの頃、マーサズ・ヴィンヤード沖の殺人ザメの恐怖に怯えていない時は、実家の床に座って、『ディズニーの素晴らしい世界(The Wonderful World of Disney)』を観ていました。いつか自分がその世界の一員になれるとは思いもせずに。だから私は、ディズニーへの愛が深いアーティストを招聘するのが大好きなのです。最近では、ジュリア・マイケルズ(Julia Michaels)が『ウィッシュ(Wish)』のために曲作りに参加しました。夢を実現させる手助けができると感じたとき、私は純粋な喜びを感じます。
ライアン:最後に、同じように喜びを分かち合いながら、成功について話しましょう。批評家や観客の評価、興行成績、業界の賞など、映画の成功を計る方法は数多くありますが、あなたはそれぞれの部門でたくさんの成功を収めて来られました。あなたにとって、究極の成功の尺度とは何ですか?
トム:繰り返しになりますが、私にとっては、アーティストに立ち返るということです。プロジェクトが終わった時、彼らはどのように感じるのか?あなたがおっしゃった測定はどれも重要ではありますが、私が本当にコントロールできるものではありません。私ができることは、才能ある人材を集め、彼らが最終的に誇りを持てるような仕事ができるよう、その過程で可能な限りベストなポジシ ョンにつけるようサポートすることです。だから、映画が完成してアーティストたちが幸せであれば、それが私にとってのすべてなのです。